これだけ。
昔、司馬遼太郎がこんなふうなことを言ってました。
「文章には勢いというものがある。推敲をするとその勢いが失われてしなうので私は推敲しないことにしている」
これを読んで「だから、この人は一つの小説のなかで同じエピソードを3回も使ったりするんだ・・・・」とひどく合点がいったんですけど、あ?!
ピックアップすべき論点を間違った・・・・・。
問題にしたいのはそこじゃなくて、「推敲すると文章の勢いが失われてしまう」ってとこです。
もともと私は推敲をめちゃくちゃするほうで、だから、一つのブログ記事を仕上げるのに3時間とかかかっちゃうわけです。ひどいときは10時間かかったこともありましたし。
なぜ推敲するか?自分の文章が気に食わないから。
現状に納得できてないから、推敲しまくって、少しでもいいものにしようとしてるわけです。
ところが、推敲してよくなってるかっていうと、これが微妙なところで、たとえば「つまり・・・・。」という文章があったとして、ここは「つまり」よりも「だから」を使ったほうが音的にいいかなと思って「だから・・・・。」に変えたりすると、そのすぐ後の文頭に「だから・・・」を使ってたり、ってのがよくあります。
「だから・・・だから・・・」じゃおかしいから、今度は後ろの「だから」を「つまり」に直したり。
なんだか、もぐら叩きをやってるような気分になってしまう。
推敲自体が無駄だとは思いませんが、推敲の大部分は無駄だったりするのかもしれません。
それに後から推敲することを前提にしてると、文章から一球入魂性が失われるってのもあるかも。後から直せると思ってたら、そりゃ無意識的にだらけてしまいますし。
ということで、最近、こっちのブログではほとんど推敲をしてないです。誤字脱字を直すだけ。
そんなふうに意識を変えてみたら、一つの記事を30分以内には書き終えることができるようになりました。

