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2007年03月22日

エウレカ総評<1> ガンダムとの比較

今回は、エウレカセブンの総評です。


そもそも、エウレカレビューをやり始めた理由って、

「エウレカセブンは糞アニメという世評があるが、それが本当なのか確かめる」

という目的意識があったからでした。


ブサレカ、ブサレカ、とか言って無駄にうかれ騒いでたせいで、すっかり忘れてたんですけど、
もともとはこうして世のため人のために役に立つ有意義な目的があったのです。


で、エウレカセブンは糞アニメなのかどうか?


最初にさらっと、その結論だけ述べておきますが、
私は糞アニメだとは思いません。
見るべきところのあるアニメだと思うし、レベルとしても一定以上の水準はクリアしてます。


エウレカセブンは、様々な試みをしたアニメです。
実のところを言うと、その試みが、失敗に終わってるところも多々あるのですが、
それでも、なんの冒険もしない、ただアニメオタクの狭い欲求にだけ応えようとするアニメよりは、
こういう冒険を試みようとする意思のほうが、ずっと好感が持てます。
ま、このアニメが傑作かと問われれば、ちょっと答えに窮してしまうのも事実ですが、
それでも、私はエウレカセブンを、それなりに支持したい、とは思ってます。


こんなふうに、絶賛とまではいかなくても、私はそれなりに好評価なんですが、
実は「エウレカは糞アニメ」と言う人の気持ちも分からなくはない。


エウレカセブンというのは、製作者の意図が空回りしてる部分が、いろいろとあって、
そこが「糞アニメ」という有難くない称号を与えられる要因です。
ということで、今回は敢えてエウレカセブンの欠点を書いてみます。
「それなりに好評価」なのに、わざわざ欠点をあげつらうってのは、なんか感じわるいですが、
そこらへんは勘弁してください。
リアルに私の性格が悪いだけ、ですので。
好きなものを誉めるのが、なんか苦手で・・・・・・。
嗚呼、本田透みたいな性格になりたいな・・・・・。



エウレカセブンのストーリーの要素を抜き出してみると、この二つになると思います。


<1> レントンという少年の成長物語

<2> スカブ・コーラルという、人間以外の生物との争い、または共生


大雑把に言えば、この二つの要素でこのアニメは成り立ってます。
「え?エウレカセブンって、エウレカとの初恋がテーマなんじゃないの?」って言われるかもしれませんが、ここではあえて省いてます。
ま、恋愛話なんてできやしませんから、私。
ちなみに、エウレカとの恋は、上記の<1><2>両方にかかってるテーマです。
レントンの成長の過程が、エウレカとの恋愛の進展でもあるし、
異生物との共生ってのは、エウレカとレントンの恋で象徴されてます。


それから、スカブ・コーラルって名前ですが、このアニメのなかでは「スカブ」と呼ばれたり、「コーラリアン」って呼ばれたりして、その二つの違いがよく分からないんですけど、面倒なんで、ここではスカブってことで、話を進めます。
(なんかスゲー適当)


それで、大雑把に言うと、1話から26話までが<1>の要素、つまりレントンの成長物語を描いていて、
27話から50話までが<2>の要素、つまりは異生物との共生をテーマにしたエコ思想的な話になっています。


エウレカセブンの評判って、ちょっと不思議なところがあって、それは、

「エウレカはパクリアニメ」という悪評と、

「エウレカは奇をてらって失敗したアニメ」という悪評がごっちゃになってるところです。


悪評であることはどっちも同じなんですが、真逆の評価ですからね、これ。
「パクっててムカつく」っていうのと「パクらなすぎでわけわかんね」っていうことですから。
パクリの元ネタとして指摘されるのは、ガンダム、エヴァあたりなんですが、上の<1><2>に照らし合わせてみると、
パクリとされるのは、主に<1>レントンの成長物語のほうにかかってます。



それで、まずは<1>の要素から話を進めたいと思います。
つまり、レントンの成長物語、というテーマを表現した部分です。


ここでは元ネタのガンダムと比較することで、話を進めます。


確かにエウレカとガンダムってよく似てるところがあって、
たとえば、ホワイトベースにはなぜか3人の子供が乗ってましたが、
月光号にも、これまたなぜか3人の子供が乗ってます。
戦争しているのにも関わらず、子供が乗っているという不自然な設定からも明らかなように、この二つのアニメでは、「船」が擬似家族として描かれている。


たとえば、ガンダムの場合が、

ブライト(父)
ミライ(母)
アムロ(子供)

だとしたら、

エウレカセブンでは、

ホランド(父)
タルホ(母)
レントン(子供)


こういう図式が成り立っています。


そして、こうした擬似家族のなかで成長物語を紡いでいくという手法も同じです。
たとえば、アムロは父(ブライト)と衝突して「家出」してしまうシーンがありますが、
エウレカセブンでも全く同じ図式で「家出」のシーンがあったりします。
もっとも、レントンがエウレカとの恋を中心にして、成長を見せるという細部の違いはありますが、かなり似通った展開を見せてます。


で、似ているのは似ているんですが、
こうして「アムロの成長物語」と「レントンの成長物語」を比べたとき、とても大きな違いがそこにあります。


それが何かっていうと、二つのアニメに登場してくる「大人」の質です。


まず、ガンダムに出てくる「大人」の目ぼしいキャラを列記してみます。
年齢的には、「大人」というよりまだ青年といったほうが適切な人もいますが、
少年の目から見た「大人」ってことで。



ブライト・ノア


このブライトってのは、ホワイトベースの艦長だか、船長です。
本当はまだ年も若く、艦長になるにはまだ早いブライトなのですが、
戦時中の混乱のなかで、なしくずし的に艦長をやってます。


今ちょっと調べてみたら、一年戦争時のブライトの年齢は19歳!だとのこと。
ぷぷっ(失笑)。
いくらなんでも若すぎません?これ。
なんとなく20代後半かと思ってたんですけど。


年齢も若く、経験もまた浅い彼ですが、
それでも与えられた責務を果たそうとがんばります。
その責任感の強さから、時に生真面目になりすぎてしまい、
よくアムロと対立する様が何度も出てきます。


既に述べたように、ブライトはホワイトベースのなかでは、
「擬似的な父」の役割なのですが、
そういう文脈に沿って言えば、
厳格な父たらんとし、己を律し、また他を律する、それが彼の生き方です。


年が若いということもあって、時に感情的になってしまいますが、
それでも、こうした生真面目さ、規律を重んじる軍人意識が、
彼のなかの「大人」であり、その「大人」の形へ自分をはめ込んでいくことで、
社会性を獲得していこうとする青年。
それがブライトです。



シャア・アズナブル


アムロの最大のライバルのシャア、ですが、
彼はどんな形の「大人」なのでしょう?


シャアははっきりとした目的を持ち、世間に迎合する振りをしつつも、
決して、心のなかでその目的を見失ったりしない、強固な意志を秘めた人物です。


ま、その目的ってのは「ザビ家への復讐」なわけですが、
最後の最後まで、その目的を果たそうとする。


ここらへんの執拗さってのは、「大人」の分別などとは無縁です。
むしろ、青年期に特有の性格と言ったほうが良いのかも。
ブライトが「大人になろうと努力し続ける青年」だとしたら、
シャアの場合は、「青年であり続けようとする青年」なのかもしれません。


アムロはシャアと反発しあい、「シャアの青年臭さ」を否定することを契機にして、
「大人」としての自分を見出します。
(まあ、ここらへんはファースト・ガンダムの話ではなく、逆襲のシャアのほうですが)


少年のアムロにとって、シャアというのは、少年と大人のあいだの青年という存在であり、ある意味で、成長の道しるべ的な存在といえます。



ランバ・ラル


アムロが「家出」中に出会ったのが、このランバ・ラル。


ブライトが「大人」になろうとして無理をしているせいで、少しばかりヒステリックなのに対し、ランバ・ラルは常に落ち着いています。


それがなぜかというと、彼は既に成熟した「大人」だからです。
世の中が理不尽なことで埋め尽くされているのを知っているし、そのことに関してはある程度の諦念を持っている。
そして、その理不尽さのなかでも身近な誰か(妻だったり部下だったり)のために、自分の能力を使おうとする。


彼が、自分の職務を全うしようとするのは、身近な人間を幸せにするためであって、
決して、歴史を変革しようなどという大それた野望を持ったりしません。
地に足のついた、魅力的な「大人」なのです。


アムロはラルに憧れの念を抱くとともに、「あの人に勝ちたい」という欲望を得ます。
この出来事が「家出」中の出来事であるところが面白い。
というのも、ホワイトベースという「家」を一時的に捨てたアムロにとって、
家の外の世界での「大人」の見本となったのが、このランバ・ラルだからです。


アムロという少年の成長物語を見るとき、このランバ・ラルはとても重要な人物です。
彼は登場回数は少ないですが、かなり印象に残ります。




さて、ガンダムに出てきた「大人」を見てきましたが、
エウレカセブンに出てくる「大人」をこれと比較してみましょう。


まず、ランバ・ラルにあたる人物。
これは、もちろんチャールズです。


レントンがチャールズと出会うのって、ガンダムと同じく、「家出」してるとき。
チャールズというのは、とても愛妻家で、まあ、ちょっと愛妻家すぎるきらいもなくはないですが、
見ててほほえましいです。
ここらへんの「嫁を大事にする」ところもランバ・ラルに似ています。


もっともチャールズには、ラルのような、汚泥のなかにあえて踏みとどまる、
といった、人間臭さはありません。
そこらへんが、チャールズという人間が、ランバ・ラルよりも人間的深みを感じさせないところではあります。


が、しかし、レントンにとって、チャールズというのが、
「こうあるべき大人」としての、指標のような存在であることは間違いなく、
レントンの成長物語のうえにおいて、チャールズは欠かすことのできない存在です。


で、チャールズはいいのですが、ここからが問題です。
つまり、ブライト役、シャア役はいったい誰になるのか?


まず、シャアに相当する人物、つまり、主人公のライバルであり、
ものの考え方において対立する人間は、このアニメには出てきません。
あえて言えば、ドミニクになるのでしょうが、実はレントンとドミニクの間には、
あまり対立が生まれてないです。
少年の成長物語を描くときに、ライバルの存在は必要だとは思うのですが、
ドミニクはロボットにすら乗れないですから。


次が一番、重要なところなんですが、ブライトの役割を果たしている人物です。
つまり、擬似的な父であり、主人公を叱るなどして、大人の自覚を持たせる、という重要な役割です。


これ、うっかりして、もう書いちゃってますが、ホランドです。
で、このホランドが困ったヤツなのです。


ガンダムのなかで、アムロはブライトに殴られるシーンがあります。


「ぶったな。父さんにもぶたれたことないのにっ」っていう、アレです。


えっと、アムロがブライトに殴られたのが一回だったか、それとも数回あったのかは忘れましたが、
ま、とにかくこういうシーンが出てくる。


それで、エウレカセブンでもホランドがレントンを殴るシーンが出てきます。


ところが、これ、ガンダムとエウレカでは全然意味合いが違います。
ブライトというのは、上で書いたように、
「大人の役割を果たそうとしている青年」です。
だから、ブライトがアムロを殴るのは体罰の一種。
つまり、大人として聞き分けのない子供を律しようとしているわけです。


ところが、ホランドってのは、ブライトとは違って、「子供」なのです。
アニメのなかでも、他のメンバーから、

「お前は本当に子供だな」

なんて呆れられるシーンが実際あります。


レントンを殴るのも、本当に感情的にムカついているから殴っているだけであって、
大人としての立場から殴ってるわけではありません。


だから、思いっきりやりすぎてる。
レビューでも書いたんですが、殴る蹴るの暴力沙汰です。


本来、擬似的な父の役割を果たさなければいけないホランドが、とんでもなく「子供」だという事実。
ホランドのなかには、ブライトにあった、自分を律する心がありません。
その証拠に、船のなかを半裸で歩いてる。
ブライトの場合、「自分は大人でなければならない」という信念があって、
それが上手くいかなかったりして悩んだりするわけですが、
ホランドはただ感情のままに行動しているだけです。


つまり、ブライトーアムロってのは上下関係なんですが、
ホランドーレントンってのは上下関係になってません。
二人が同じレベルで争ってるっていう感じ。
成長ってのは当然、下から上へ行くもんなんですが、
そもそもエウレカセブンでは、上下がないんで、
下から上へ行きようがない。
ここらへんが、エウレカセブンの変わっているところです。


ついでに、「母」のことにも触れておきます。


ホワイトベースのなかでの擬似的な母は、ミライなんですが、
彼女はいつでも冷静沈着で、とても頼りになる女性です。
武士の妻、的な凛とした佇まいがあります。


ちょっと話は脱線するんですが、ミライって「モテすぎ」じゃないですか?
どう見ても、セイラさんのほうが美人です。
ところが、セイラさんに言い寄ってくる男はいないのに、ミライは3人ぐらいから求愛されてる。
んー、納得いかない。


で、脱線が終わったところで、エウレカセブンにおける「母」の話。
ミライの役割を果たしているのが、タルホです。
今、気づきましたが、ミライが艦の操縦士だったのと同じく、タルホもまた操縦士です。


ところが、このタルホ、ホランドと同じく、とんでもないヤツです。
ホランドがエウレカのことなかり気にかけているのが、余程気に食わないらしく、
始終、ヒステリーを起こしています。
タルホのイメージっていうと、腕組みして、眉を八の字にして、
こっちを睨んでる姿がすぐに思い浮かぶんですが、
彼女はミライのような女らしい気遣いとかが全然ない。


以前、テレビで「片付けられない女」っていうドキュメンタリー見たんですけど、
この女の部屋はゴミで足の踏み場もない。
たぶん、タルホもそういうタイプの人間です。


まあ、ホランドがレントンを敵視してる理由も、またタルホがいつもヒステリー状態なのも、
いちおう、理由は語られるんですが、これ聞いてもぜんぜん腑に落ちません。


結果、ホランド(父)、タルホ(母)、レントン(子供)という、擬似家族は、
とてもすさんだ、崩壊家庭のような様相を呈してます。


エウレカセブンをレントンの成長物語、としてみた場合、いちばんの問題点がそこです。
つまり、このアニメのなかには「まともな大人が登場してこない」のです。


唯一まともと言えるチャールズは、感動の26話のあと、あっさり殺されちゃいますし。
しかも、レントンに殺されるのではなく、ホランドに殺されます。
ここ、あまりにあっけなく死んでしまうんで、唖然としてしまいました。


やっぱり、成長物語を描くときに「目標となるべき大人」ってのは必要じゃないか、と思うんですけど。
チャールズもいい人ではあるんですが、少年の目標となる存在としては、
人物の陰影が足りないような気がします。


思えばランバ・ラルが、気が進まないながらも軍に「所属」していたのに対し、
チャールズはフリー・ランサー、つまりは根無し草でした。
ここらへんでも、ちょっとした差がありますね。
嫌なことでも、周囲のためを思って、任務をこなすランバ・ラルと、
自由気ままに自分の思うことをなすというチャールズと。
どっちが大人かっていうと、言わずもがなです。


まだ、このエウレカ総評は続くんですが、なんか長くなったんで、
続きは次回にします。


次回は、<2> スカブ・コーラルという、人間以外の生物との争い、または共生
これに焦点を絞って書いてみます。


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Excerpt: アニメ「交響詩篇エウレカセブン」についてのレビューをトラックバックで募集しています。 *キャラクター(声):レントン・サーストン(三瓶由布子)、エウレカ(名塚佳織)、ホランド・ノヴァク(藤原啓..
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Tracked: 2007-03-24 06:11
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