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2007年05月06日

ラーゼフォンは失敗作か?

たまたま、同時期にゼーガペイン、ラーゼフォン、コードギアスとロボットアニメを見たもんで、この3つを比較してみようと思ってるんですけど、そもそも比較する意味あるの?これ。
ぜんぜん違うタイプのアニメだしなあ。
ロボットアニメという以外に共通点がほとんどないような気がする。
まあ比較する意味がなさそうな気がするんだけれども、そこを敢えて比較してみます。


ということで、前回はゼーガペイン(ゼーガペインの記事はこちら)だったので、今回はラーゼフォン。





えっと、ラーゼフォンの放映時期は2002年か。
結構、昔といえば昔な感じです。
さて、実際に見てみるか。


このラーゼフォン、見る前から厄介そうな感じがしてたんだけど、いきなり一話目でこんなロボットが出てきて、軽く脳みそをぶっ飛ばしてくれる。


robot.jpg

気色悪い・・・・・



一話目からこれでは先が思いやられるというもんですが、そこから中盤あたりまでは、案外ふつうに楽しめた。
もっとも、このラーゼフォン、明らかに「欠けている」ところがあって、それにはすぐ気づいたんだけれども、その「欠けた」部分については後で詳述。


ゼーガペインと比較してみた印象では、「女の子がやたらに多い」ような印象を受ける。
「女の子」というとわかりにくいかもしらんけども、「美少女キャラ」とか「萌えキャラ」って言ったほうがわかりやすいか。


haruka.jpg

紫東 遙 
ラーゼフォンのメインヒロイン。年が30近くという時点で、かなりの人のストライクゾーンから外れてしまうかもしれないけど、私的にはこのくらいの年齢がストライクゾーンど真ん中なんで、何も問題なし。



megu1.jpg

紫東 恵
遥の妹。ちょいとツンデレ気味。


megu3.jpg

これがデレ部分。


kuon1.jpg

如月 久遠
謎の少女。よく日傘をさしてる。






kuon2.jpg

ぶふぉっ!し、失礼。




このほかにも何人か、萌えキャラが登場してくるので、ゼーガペインと比べると、やたらに「萌えアニメ」っぽく感じる。


しかし!
よくよく、考えてみたら、ゼーガペインにだって、萌えキャラは多数出てきてたのだった。


とりあえず、ゼーガペインに出てきた萌えキャラを数えてみると、


カミナギ・リョーコ(幼なじみキャラ)

ミサキ・シズノ(ミステリアス系)

ミナト(委員長属性)

メイウー(ちょいツンデレ)

メイイェン(?とりあえず胸元は開いてる)


と、かなり多い。
しかも、今気づいたんだけど、それなりに萌え要素をつけられてもいる。
(ゼーガペインを見てるときは、ぜんぜんそんな感じしないんだけど)


それなのに、ゼーガペインがぜんぜん「萌えアニメ」に見えない理由を探ってみるとそれは「作画がそんなに良くないから」ということなのかもしれない。
特にシズノ先輩なんだけど、私はとうとう最後まで、この人をキレイだとは思えなかった。


それと比較してみると、やっぱラーゼフォンの作画はとてもいい。
後半、ちょっと崩れるところがあるけども、安心して見てられる。
ここらへんは、さすがボンズというか、大したもんだと思う。


それに加えて、カメラアングルとかがやたらにエロっぽかったりする。
そのエロっぽいカメラアングルのターゲットになるというか、餌食になっているのが、この紫東 恵。

megu2.jpg

どういうわけか分からないけど、彼女に対するアングルがやたらに変態的な感じがして、かなりそそられる。
たとえば、背中越しのアングルで、胸のふくらみを強調しているシーンとかがあって、こういう変態的な視線はかなり好き。
あ、もちろん服は着てますよ。
だけど、視線の在りかたってのが、妙になまめかしい。
なぜ、恵だけ、こういうエロティックな画面構成になっているのか、ちょっとわからんけど。
だって、主要キャラじゃないからね、彼女。
なんか妙にエロっちぃんで、彼女がいちばんのお気に入りになってしまったんだけども。


こういう変態的な視線と作画の良さが相まって、ラーゼフォンは萌えアニメとしては結構楽しめるんじゃないでしょーか。


と、ここまでは誉めてきたけど、ここからが問題。


作画の良さだったり、神秘的な映像表現という点では、ラーゼフォンはゼーガペインをはるかに凌駕している。
これは間違いない。
とても美しいアニメだということは確か。
けれども、肝心のストーリーという点ではどうだろう?


これが非常にわかりずらい。
ラーゼフォンというアニメは、数々の謎が提示され、しかもその謎が宗教的な映像でほのめかされていたりするもんで、ストーリーがわかりにくいのは当然といえば当然なんだけども、そういう意味で「分かりにくい」と言っているわけじゃない。
別に難解な世界観設定というのはそれはそれでいい。


このラーゼフォンの「ストーリーのわかりにくさ」っていうのは、ひとえに「主人公の心理が判然としない」というところに起因してる。


たとえば、12話か13話あたりで、主人公の神名 綾人が、「自分は人間じゃなく、ムーリアンである」ことに気づいて、苦悩するシーンが出てくる。
ここの描写にはかなり時間が割かれていて物語上の葛藤を示す大事なところなんだけれども、これは明らかに変。


というのも、2話目あたりで、神名 綾人は自分の母親の血が青いことを知ってしまっている。
普通、自分の母親の血が青かったら、「自分も人間じゃないんじゃないか?」って疑問に思わないか?
それなのに、中盤までこの神名 綾人はそのことに何の疑問も抱いてない。
ここらへんがすごく妙な感じを受ける。


これだけだと、細かいところにいちゃもんつけてるだけに思われるかもしらんけど、そのほかにも変なところがある。
それは綾人が戦う理由がよくわからないこと。
ラーゼフォンに乗って、敵のドーレム(あの気味悪いロボットみたいなやつ)と戦うっていうことは、すなわち「母親と戦う」ことと同じだということが暗示されているのに、なぜか綾人はそのことに逡巡を覚えたりしない。
なんか、ただ状況に流されてなしくずしに戦っているだけのように見える。


別に状況に流されて戦う、というのは、ロボットアニメのなかではよくあることだから、それはそれでいいんだけど、その「戦う」ことに対して、綾人がどう思っているのかが伝わってこない。
特にラーゼフォンの場合、「戦う=母親と戦う」っていうことなのに、そのことに対する感情が描かれていないのは、明らかな欠陥であるように感じる。


ゼーガペインもまたラーゼフォンと同じく「世界観が難解」な部類に入るアニメではある。
(もっとも両者の世界観はかなり異なってはいるけど)
しかし、ゼーガペインの場合は、主人公の感情がストレートに理解できる。
見ていて「難しいなあ」とか「わかりにくいなあ」とか思うのは、「ゼーガペインに乗ってるときでも幻体なんだから、操縦桿を握ったりしてるのも実際には握ってないんだよね?」とかの、世界観のコードについてそう思うのであって、主人公の感情がわかりずらいとは全然思わない。
前回のゼーガペインの記事で書いたように、そこのところの感情の揺れというのは、わかりやすすぎるほどわかりやすいのがゼーガペインのすごいところ。
それに比べるとラーゼフォンはやっぱりわかりにくい。


まあ、このラーゼフォンと比較すべきなのは、ゼーガペインなんかじゃなくて、エヴァンゲリオンなんだろうと思うから、一応比較してみる。


ラーゼフォンというのは、一見して明らかなように、エヴァの影響のもとにあるアニメ。
たとえば、宗教的なモチーフを多用するということもそうだし、物語の後半で世界が終末を迎えるなんてのも、まさにそう。


細かい設定は忘れてしまったけれども、エヴァンゲリオンというのがシンジの母親の遺伝子だかなんだかを埋め込まれたロボットで、つまりエヴァに乗るということが「母親への胎内回帰」を意味してた。
エヴァ(母)のなかで、温かい羊水につつまれて敵と戦うという、すこし異様なイメージがエヴァにはあった。
それに加えて、綾波というのが、これまた母親のクローンだかなんだかで、ここでもまたシンジの欲望が母へと向かっている。
母じゃない、ただ一人の女、他の男とセックスでもしてしまえそうな女というのが、アスカなんだろうけど、彼女に対してシンジはオナニーするだけ、という有様。
ラーゼフォンでは、母親と対立し、自分の好きな女(遥)を選ぶんだけども、ここらへんは、そうしたエヴァへの回答として見ることもできる。
つまり、母の影響下から抜け出して、他者としての女性と契りを結ぶというイニシエーションの物語として。
ラーゼフォンの劇場版で、綾人は遥とセックスするシーンがある。
同じく劇場版で、オナニーしてしまっていたシンジとは大違い。



エヴァンゲリオンでは、ラーゼフォンと同じく、さまざまな謎が出てきて、それが暗喩的に示される。
今さらこんなことを言うのはなんだけど、これってほとんどが先を考えずに、伏線をばら撒きまくっただけの話であって、最後に収拾がつかなくなってあんなことになっちゃってるのは皆さんご存知の通り。
それに比すれば、ラーゼフォンの物語はとても上手く出来てると思う。
「お前、それ結末考えてなかったろ?」みたいなところはあまりない。


それなのに、ラーゼフォンのストーリーって、やっぱりエヴァに負けてる。
その理由はすでに書いたように、主人公の感情が上手く描写されてないから。

「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」
に代表されるように、シンジの感情表現ってモノローグで示されることが多く、それってあまり洗練された演出とは言えないのかもしれないけど、とりあえず、シンジが何を考えているのかっていうのはわかる。
丸分かり。
そのうえで、シンジを好きか嫌いか、っていう視聴者の好悪が出てくるんであって、ラーゼフォンの綾人の場合、「こいつが何を考えているのかよくわからない」ので、そもそも好悪の感情すら出てこないんである。
いくら謎めいた伏線を上手く終結させたところで、主人公の感情がよくわからないんじゃ何も意味はないと思う。


このラーゼフォン、テレビアニメが終了したあとに、劇場版が作られている。
それも見たんだけど、これがちょっと面白かった。





この劇場版はほとんどのシーンがテレビアニメの編集なんだけど、セリフが大幅に変えられている。
そこでは、上で書いたような問題点が改善されている。
たとえば、綾人が「自分が人間じゃない」ということに気づくのが、かなり早くなっているし、「戦うことは、自分の故郷(母)と戦うこと」であることが、これまた早い段階で示される。


これを見て「あー、自分が思ったのと同じ批判が当時いっぱいあったんだろうなー」と思って、可笑しかった。
やっぱ、みんな同じこと考えるのね。
この改善された劇場版のほうでは、綾人と遥の恋物語というところに焦点があっているんだけど、こっちのほうがずっといい。
こっちのバージョンで見ると、ストーリーに一本スジが通っているように見えるもの。
テレビアニメも最初から、この路線でいったほうが良かったのに。


さんざんけなしたので、最後に一つ誉めておくと、朝比奈が死ぬシーンは素晴らしいとおもいました。
ある意味では子供じみた発想かもしれないけど、私はこのシーンがすごく好き。


[追記]アップした後で気づいたんだけど、ちょうどエヴァにおける綾波に相当するのが、久遠ですね。
綾人の欲望が久遠に向かってない、という点をとってみても、ラーゼフォンにおける「母離れ」というテーマは明白なように思うけど。


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アニメキャラにおけるおっぱいと年齢の考察

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ふぇいばりっとでいず
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萌え系にめちゃ強いサイトさんです。


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ラーゼフォン
Excerpt: ラーゼフォン Rahxephon 26話 DVD9巻 監督 パトレイバーの出渕裕 アニメ製作 ボンズ こういうセカイ系?の話は好きなんで、おもしろかったですが、やっぱいろいろわかりにくい..
Weblog: UOやいろいろ
Tracked: 2008-10-13 18:58
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