
火垂るの墓を初めて見たのはいつだったろう?
小学生だったのは確かだが、それが正確に何歳だったかということは覚えてない。
多分、高学年のころだったように記憶はしてるんだけど。
これまた記憶があやふやなのだが、このアニメ映画を見たのは、一度きりだったと思う。
確か、テレビで放映されたのを見たのじゃなかったか。
なにせ昔のことなので、私は火垂るの墓を見たときのことを正確には思い出せない。
だが、ガキのころの私はこの映画を見ても、感動したり、泣いたりはしなかったように記憶している。
というのも、ガキのころの私は今からじゃ想像もつかないくらい、正義感に溢れたガキだったからだ。
マンガなどのフィクションのなかでも、主人公がちょっとでも悪事を働いたりすると、それが許せない。
なんで、そんな不正義を行うのだ、と憤りを覚えてしまう。
そんな原理主義者的なガキだったのだ。
もっとも、子供ってのは世界が狭いもんなので、そういうことがままあったりするのだろうけど。
で、火垂るの墓のなかでは、主人公の少年が盗みを働くシーンがあったりする。
もちろん、大人になってみれば、その盗みがやむを得ないものだということは理解できるんだけど、ガキの頃の私にはそれが許せなかった。
なぜ、こいつはこんな悪事を働くのか、主人公のくせに、と憤りを覚えた。
そのころは、フィクションのなかの主人公というものは正義の味方以外ありえない、と思い込んでいたんである。
そういう理由で、ガキの頃の私は火垂るの墓に感情移入することができなかった。
それ以来、火垂るの墓を見ていない。
だから、私には火垂るの墓に対する感情というのもぜんぜんないのだ。
別に「火垂るの墓はクソ映画」とか思っているわけでもないのだけれど、とりあえず、意識にはのぼってこない。
そういうアニメ映画があったなーって、淡い記憶がある、ただそれだけ。
ところで、この前の盆に親戚が集まる機会があった。
墓参りなどを済ませたあとに、夜、みんなで集まって酒を飲んでいたりした。
久しぶりに会う従兄弟なんかもいて、総勢で10人強だったと思う。
そこで、ふとした拍子に「戦争」の話が出た。
たぶん、点けっぱなしにしてたテレビで、そういうニュースをやってたりしたんだと思う。
自分の親戚には、どうも思想的に保守の人間が多いらしい。
教師をやってる人間が多いので、普通は左寄りだったり、リベラルだったりしそうなもんだけど、どういうわけか保守の人間ばっかり。
ここらへんのバランスはかなりおかしいような気が前々からしてたんだけど、教師が産経新聞を購読してても別に問題ではないだろうから、まあ、いいや。
で、保守の人間というのは、戦争の話が好きなんである。
最初は太平洋戦争(まあ、大東亜戦争でもいいけど)から話が始まったのに、当たり前のように、日露戦争まで話が遡ってた。
話に花が咲くっていうやつ。
私はそっち方面にはあまり知識がないので、ビールをちびちび飲みながら、ぼーっと聞くともなしに聞いてたりしたのだけれど、話の流れのなかで何かの拍子に「火垂るの墓」の話題がでた。
で、親戚の叔父さんの一人はそれがどんな映画だったのか思い出せなかったらしく、
「火垂るの墓ってのは、どんな話だったかな、万ちゃん」
と私に話を振ってきた。
別に私以外にも「火垂るの墓」のあらすじを解説できる人間はいたと思うんだけど、その場で一番若かったのが私だったので、白羽の矢が立ったというわけだ。
それで、仕方なく私は火垂るの墓のあらすじを親戚連中に説明し始めた。
「あれは戦時中の話で、えっと・・・・・・、母親を失くした兄と妹の二人が親戚の家に引き取られて・・・」
なにしろ、ガキの頃に一回見たきりの映画なので、こっちもそんなにちゃんとあらすじを説明できるわけじゃない。
だけど、いざ話し始めてみると、これが不思議なことに、映画の各シーンが鮮明に脳裏に浮かんできた。
空襲のときに、無人の家に入り込んで盗みを働くシーンとか、洞窟のなかで蛍を放つシーンとか。
もちろん、この記憶が合っているのかどうかはよくわからず、ひょっとしたら記憶違いしてる部分も多々あるのかもしれない。
けれど、とりあえず、頭のなかに浮かんできたシーンをそのまま説明していった。
私は元来、記憶力が弱いほうで、子供のころの記憶があまりなかったりする。
この前、小学校の修学旅行のことを思い出してたら、あまりに下らない一つの思い出しか出てこず、愕然としたくらい。
なので、はるか昔に一度見たきりの、火垂るの墓を意外にちゃんと覚えていることに、私はちょっと新鮮な驚きを覚えていた。
で、そんな感じで頭の中に浮かんでくる各シーンを言葉に直していったんだけど、そのうち、妙な現象が起こり始めた。
喉の奥から、空気の固まりがボコっと湧き上がってくるような感じがする。
むせるときに似てる。
なので、当然、上手く喋れない。
「ぃ、意地悪なおばさんに、ぅ、むかっ、、、ついた兄が、っ家ぉをと、とびだし・・・・てっ」
極端にするとこんな感じ。
最初は、この妙な現象が何を意味してるのか、よくわからなかった。
人間っていうものは、それがあまりに予想外なものだと、自分の感情ですら、認識するのに時間がかかるものらしい。
だから、自分が火垂るの墓の話をしながらほとんど泣きかけているのだという事実に気づいたときは焦った。
だって、今まで火垂るの墓に何の感情も持っていなかった人間が、ただ火垂るの墓の話をするだけで泣きそうになるだなんてさすがに予想できない。
しかも、久しぶりに会う親戚の前で!
親戚連中に泣きかけていることがバレちゃいけない、という焦燥感と、それにもかかわらず込み上げてくる、とても悲しい感情の板ばさみになりながら、もうわけがわからなくなってしまった私は、
「そ、それで、ぃいもぅとがしm、しんじゃぅの」
と、しどろもどろもいいとこで、まるで幼児のような喋り方になりながら、無理やり話を終わらせた。
みんな、少し怪訝な顔をしていたんだけど、とりあえず、私が泣きかけていることはバレなかったみたい。
ホッとした。
それから、これは後で気づいたんだけど、私のあらすじ解説では、意地悪なおばさんの家を出てから、すぐ節子が死んでしまうので、親戚連中は話の流れが全く理解できなかったと思う。
まあ、非常事態だったし、それはしかたがない。
しかし、本当に焦った。
あらすじを説明するだけだから、ほんの20秒足らずしか喋ってないと思うんだけど、そんな短時間で泣きそうになるとは。
なんたら恐ろしい映画だろう、火垂るの墓。
[Review]『火垂るの墓』に対する最新の米Amazonレビュー
[Review]『火垂るの墓』に対する最も参考になる米Amazonレビュー
このアメリカ人が火垂るの墓について書いているのを読んだだけで泣けてくるのが不思議。
そして、それなのに、この映画をもう一回見直したいとは全然思わないのも不思議。
うん。
なぜか、もう一度見たいとは思わないなあ、火垂るの墓。
たぶん、辛くなって見通すことができないような気がする。
結局、私の場合、火垂るの墓を見たのはガキのころの一回だけ、ってことになりそう。
アメリカひじき・火垂るの墓 (新潮文庫)
