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2007年11月18日

アカギの鷲巣巌はなぜコミカルなのか?

washizu.jpg

前々から鷲巣巌ってコミカルだ、と思ってた。
変な呼吸音とか(クゥ、クゥ、カァ、カァ、お前はカラスかっての)、「お止めください、鷲巣様!」等の、部下との心温まるやりとりとか。
鷲巣ってよくも悪くもキャラ立ちしてる。
端的にいえば、鷲巣は笑えるってことだけど。

で、今回はその理由について考えてみた。

そんなことを考えてみてどうする、っていうまともな疑問が浮かんでこないでもなかったのだけれども、とりあえず考えてみた。


まず人間というものを「常人」と「狂人」に分けてみる。

常人というのは、一般常識の範囲で理解できる人間。
狂人というのは常識からはみでた行動をし、一般人には理解しがたい人間。

狂人というのは、別に精神病を患ってるとかそういう意味で言ってるのではなく、あくまで常人との相対的な距離感を感じさせる人っていうくらいの意味。

さて、こんなふうに極めて大雑把に人間というものを二分してみたときに、フィクションの主人公として選ばれるのはどっちだろう?
当然、これは「常人」のほうである。

主人公に共感できたほうが架空の物語に没頭しやすくなる。
だから、主人公がわれわれの理解の範囲内の人物であるほうがのぞましい。
いきなり、女をレイプして恬として恥じない、こんな主人公だったら誰が共感できるか?

一部の文学を除いては、基本的に主人公というのは常人である。
一見、破天荒に見える主人公であっても、実は心優しかったり、人類の危機には敢然として立ち向かっちゃったりするもんだ。

反対に、少年もののマンガなどでは敵役は狂人であって、平然と卑怯な振る舞いをし、またそれを恥じるところがない。
読者の共感が及ばないようにキャラ設定されていることが多い。


4884757238アカギ―闇に降り立った天才 (第4巻)
福本 伸行
竹書房 1994-06

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それじゃ「アカギ」における赤木しげるはどうだろう?

明らかにこれは「狂人」だ。

実際に作中で「(赤木は)狂人」って言われてたりするし。
そのほかにも「悪魔」「悪党」なんていう言い方もされてたりする。

対局した相手の精神を崩壊させるまで、執拗に相手を追い込むというのはどう見ても普通じゃない。
イカれてる。

「アカギ」における赤木しげるは読者の共感を集める対象ではなく、むしろ畏怖やそれにともなう憧憬といった感情をもたらす存在だ。
(ここでは語らないけど、天における赤木はまた別の存在だと思う)

この赤木の狂人っぷりというのは、ストーリーの語り方に典型的に現れてる。

406336674Xカイジ―賭博黙示録 (5) (ヤンマガKC (674))
福本 伸行
講談社 1997-07

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ここで「アカギ」を同じ福本作品の「カイジ」と比較してみる。

この二つのマンガは、「主人公が難局を知恵と度胸で乗り越えていく」というストーリー展開の点では、そう変わりはない。
しかし、ストーリーの語りかたという点では大きな違いがある。

それが、登場人物のモノローグ(独白)の割合。
モノローグってのは、マンガのなかで登場人物が自分の内心を語ってるヤツ。
フキダシに入ってない、アレ。

アレの正式名称があるのかどうか、よくわからないので、ここではとりあえずモノローグとしておくけれど、カイジの場合、モノローグの割合でいちばん多いのは、間違いなく主人公の伊藤開司だ。

利根川や大槻といった対戦相手のモノローグも確かにあるのだけれど、それはカイジのモノローグに比べれば、明らかに少ない。

当たり前と言えば当たり前の話なのだけれど、「カイジ」の主人公は 伊藤開司なのだから彼のモノローグがいちばん多くて当然なのである。

で、「アカギ」。

アカギの場合、モノローグがいちばん多いのは誰なのだろう?

登場キャラを

主人公(赤木)
対戦相手(市川、浦部)
傍観者(南郷、安岡)

この3つに分類して考えてみると、
対戦相手と傍観者のモノローグがたぶん、同じくらいの分量。
で、主人公である赤木だけが極端に少ない。

赤木のモノローグは、ストーリーを展開するうえで、必要不可欠なところでしか使われていない。

「アカギ」では、安岡などの第三者、また対戦相手のモノローグでストーリーを転がしていく。
赤木のモノローグを極端に減らすことによって、彼の行動を謎めいた不可解なものに見せ、それを後に赤木に解説させることによって謎解きのカタルシスをもたらそうとしている。

これによく似た手法が使われている小説ジャンルが一つある。
推理小説。
推理小説に出てくる名探偵というのは、最後の最後まで真相を語らないことが多い。
中盤までは、なにやら思わせぶりなことしか語らず、周囲にいる人間を混乱させることが常である。
主人公であるはずなのに、モノローグが極端に少ない(もしくはない)っていうのは、アカギと同じ。

シャーロック・ホームズシリーズの登場人物にむりやりアカギを当てはめてみると、ホームズが赤木、ワトソン役が安岡(後に仰木)という具合になってると思う。

鷲巣麻雀以前のアカギは、赤木という狂人に市川、浦部といった常人が敗れていく物語だ。
もちろん、市川、浦部が常人とは言っても、それはあくまで赤木という狂人と比較したときの相対的な評価ではある。
が、我々の存在に近いのは赤木よりも、むしろ市川や浦部だというのもまた事実だろう。

合理主義者の市川も保留の麻雀の浦部も、赤木の持つ狂、または凶に触れ、精神を崩壊させていく。
赤木と対峙することで、常人がそのまっとうな判断力を喪失していく過程。
そして、その過程を対戦相手(市川、浦部等)のモノローグを通して、われわれは見ていたのである。


ところで鷲巣。鷲巣巌。

こいつはどうだろう?
狂人であるか、それとも常人か?

そんなことはわざわざ聞くまでもない。

どっからどう見ても狂人そのものだ。

鷲巣は、吸血麻雀で若者を死に至らしめることを無上の喜びとする老人として登場してくる。
赤木もそりゃ狂であり、また凶であるけれども、この鷲巣の圧倒的な狂(凶)に比べれば、はるかにまともである。

つまり、ここで初めて対戦相手のほうが赤木よりも狂であるという事態が生まれている。

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いきなりだけど、この二つはアニメ「アカギ」のDVDボックス。

上のが浦部編まで。
下のは全部、鷲巣編になってる。

これ、鷲巣編のほうが評価が低い。

まあ、鷲巣編は途中で終わってるわけだし、
長いとか、
やっぱり長いとか、
いくらなんでも長すぎる、
とかの諸々の評価でこうなっているとは思うのだけれども、それ以外にも鷲巣編から物語の構造が変わったということも一つの要因なんじゃないかと思う。
(まあ、実を言うと、今回の記事ネタって、このアマゾンレビューを見て思いついたんですけど)

狂人である主人公が常人を精神崩壊させていく物語であったはずのアカギが、鷲巣の登場以降は常人が狂人を倒すという、一般的な物語に変質してしまっている。
ここで、赤木は相対的ながらも、常人になっている。
言ってみれば、鷲巣の登場以降、アカギはカイジと同じく常人が主人公の物語になった。

それはそれでいいんだけれども、既に述べたように鷲巣ってのは登場してきたときから狂だった。
しかも圧倒的な狂。

その鷲巣が赤木によって精神崩壊させられていく。
つまり、狂わされていく。
ここの展開はそれ以前のアカギとまったく同じ。

常人が狂ってしまうのはそりゃ悲劇だろう。
しかし、狂人が狂うのは、これ喜劇でしかないのである。

もともと鷲巣は狂人だから、それがもっと狂になったとき自然に過剰な表現になる。
オーバーアクションになる。

たとえば、赤木の捨て牌をロンしたと勘違いしたときの鷲巣。

「ロンッ・・・・!」
「ロンッ・・・・・・・!」
「ロンッ・・・・・・・!」
「ロンッ・・・・・・!」

「ロォンッ・・・・!」

駆け巡る脳内物質っ・・・・!
βーエンドルフィン・・・・!
チロシン・・・・・!
エンケファリン・・・・!
バリン・・・・・・!
リジン・・・・・!
ロイシン・・・・・!
イソロイシン・・・・!


笑っちゃうほど過剰な表現。
全部に!がついてるし。

ちなみに、このすぐ後、実はこれが安岡への差し込みだったことが分かり、逆上した鷲巣が牌を安岡に投げつけ、「(お止めください)鷲巣様!」と部下に羽交い絞めされるっていう、例の展開が繰り広げられてる。

つまり、狂人が狂うところを見せようとすると、ここまで過剰な表現が必要とされるのであり、それが鷲巣をコミカルに見せてる原因の一つではないか、と思う。

あと、鷲巣麻雀が長い、ってのもポイントかも。
この長丁場、鷲巣は何度も精神を崩壊させてきたわけで、そう何度も精神崩壊を見せられると、さすがにインパクトは薄れ「また、鈴木さんとこのお爺ちゃん、徘徊してるらしいわよ」的なご近所のちょっとした話題提供者くらいの位置にまで貶められるという効果を生んでるのかもしれない。




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